安倍七騎-地名・伝説に残る安倍七騎-

安倍七騎にまつわるお話


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題字 西尾智美さん

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地名・伝説に残る安倍七騎

上落合の「立ン場」のことなど

上落合は柿島村の支村で、朝倉六兵衛在重が統治していました。ここには、安倍七騎の一、大石五郎右衛門がいました。五郎右衛門は、支村民からの人望が厚いうえ、武術に長じていました。それに比し、在重は年貢の取立てが厳しかったらしく、不人気だったようです。
在重は、五郎右衛門に一揆を先導され、村を乗っ取られるのではないかと心配します。
武田が駿河を統治していたころ、朝倉は一族の娘を五郎右衛門のもとに嫁がせるなどし、五郎右衛門と誼を通じますが、武田が傾き徳川が駿河に勢力をのばしだすと、身内に武田の家来がいては不都合だと、家来の白鳥玄角という弓士をつかって、五郎右衛門を討取ります。その時の様子が、以下のとおり伝説として残っています。

五郎右衛門は、飛んできた一の矢は右の手で受け、二の矢は左の手で、三の矢は口で受け止めた。しかし、この三の矢には「管矢」という、矢のなかにもう一本ちいさな矢が仕込まれており、これが飛び出したので、五郎右衛門は受け損じて死んだ―。

また、

五郎右衛門の最期は獅子のごとく吼え狂ったあげく、立ち尽くしたまま死んだ―。

爾来、五郎右衛門最期の地を「立ン場」と呼ぶようになりました。